フェミニスト考古学
読書会

Feminist Archaeology Reading Club in Japan

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未来を地図に落とす:考古学、フェミニズム、科学的実践

報告者:石田温美

October 09, 2021

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*このレジュメは、フェミニスト考古学読書会の発表メモとして作成したものです。

要旨

考古学におけるフィールドワークの優位性について論じ、そのことが考古学をジェンダー性が高い独特な学問領域にしていると指摘する。また、フィールドワークに必須である地図製作は、従来の方法のまま行うと過去の固定化につながることについても提示する。そのうえで、地図は製作者の主観が大いに反映されていることを認識し、再帰性を持つ代替的な地図製作方法を模索することを提案している。

キーワード:フェミニズム、ジェンダー、科学的実践、地理学、フェミニスト地理学、フィールドワーク、再帰性

イントロダクション

‣考古学とフィールドワーク
・考古学@北米:
→言語人類学、自然人類学、文化人類学と並んで人類学に位置づけられる学問領域
→共通項:フィールドワーク→民俗誌、考古学の文脈で異なる響き 実践の物質性、技術の重要性
・なぜ考古学がこんなにも長い間フェミニストの影響から逃れてきたか?

‣考古学における研究対象と方法論
・フェミニスト科学論の産物は受け入れられ(ジェンダー考古学)、方法論は無視
・(考古学の定義にかかわる)フィールドワークの実践におけるジェンダーの議論
            

‣考古学の特殊性
・方法論的実践(methodological practice)と定義的関連性が異常に強い
→地理学と比較可能
・フィールドでの実践の特異性、フィールドワークの中心性 cf.文化人類学

実践としてのジェンダー考古学と科学

‣過去20年のジェンダー考古学
・過去を語る際に女性の存在が軽視
・考古学的なナラティブ(物語、語り)が男性中心に偏っている
・トレーニング、研究の日常的な活動 一般的な考古学の実践者にとってほとんど変わっていない

 ◎筆者はジェンダー考古学の対象を学問分野の日常的な活動形態(学生への教育、データへのアプローチ)に結び付けるべきと考えている。

‣科学の定義=再現性と予測可能性 他者による検証実験 実践の産物
・考古学の再現性と予測可能性:非常に限られた部分のみ→科学の不統一の例として貴重なサンプル
・ハラウェイ「サイボーク宣言」 二元論の批判 文化/自然の相互作用に対する考古学の貢献

フェミニストによる民俗誌とジェンダー考古学の歴史

▸文化人類学におけるフェミニスト理論の受容

1970年代 フェミニズム理論の受容の始まり
1980年代後半 フェミニスト民俗誌

  ・ジェンダーとセクシュアリティは(単なるトピックとして扱うのではなく)一部の調査や執筆の形態を変化させた

‣考古学における科学的手法の導入

1950年 考古学における科学的機器
1950~1980年 米国の考古学において公的資金(NSF)の8割がフィールド・プロジェクトに費やされる

・考古学者:調査、マッピング、サンプリング、記録、データの処理、分析などの技術や方法を含む適切なフィールドワークのトレーニングを受けてはじめて専門家になれる
・考古学⇒道具、技術、チームワークに依存し、チームワーク、能力におけるリーダーシップが優先、ジェンダー性が高い独特な環境

科学的実践の中での考古学

‣考古学は方法か?学問か?という問題
・ジェンダー、考古学、フェミニズムの関係を理解するためには、手法、方法論、物質的な記録の解釈を同時に調査する必要
・popular understanding-考古学者は掘ることを専業としている
・考古学的な労働、道具、空間、手法、全てが私たちが考古学として理解しているものを構成
・科学の物質性(場所、道具、科学者自身)の議論にも貢献

‣考古学におけるジェンダーの議論→epistemology(認識論)への批判に欠ける
・身体化された知識→科学者、集団の価値観に影響を与える
・政治的なコミットメントと考古学的研究の区別は維持されるべきか?
・科学、手法は政治的に中立であるべき、基準やテスト、検証、証明の可能性を欠いた非科学的なプロパガンダになってしまうという信念の蔓延
・全ての科学的実践は地域性を持ち、物質性に依存し、言説的である

 ◎筆者は実践の結果だけでなく、プロセスにも注意を払うべきと提言している。

実践としてのフィールドワークにおける「現場」

‣Feminist またはFeministの影響を受けた研究を行おうとするほとんどの研究者が順守すべきいくつかの原則(Wylie 2007)
・reflectivity(再帰性), subject position(主観的な立場),政治的な意味合い(ジェンダー不平等を解決する目的)

‣フィールドサイエンス/フィールドワークの定義とは?
・フィールドワーク 「原住民」と深く意味のある関係を築くために「フィールドサイト」に立ち寄るわけではない
・住民の固定制、遺跡の固定制

‣科学者の出身国とフィールド、ジェンダー関係の地政学
・考古学の「父」フィールドにでない 20cから
・フィールドワークのための場所の選択、科学的好奇心が主な原動力でない ex) cultural resource management (cf.北米の考古学者の主要な雇用形態)
・フィールド・サイエンスにおける旅行の男性性
・現地の人々とのフィールドワークの複雑なやりとり ジェンダー・ダイナミクス
・クレタ島における発掘調査の女性チーム、実際にはアフリカや近東の下層階級の男性が作業員として従事
・指導的立場の女性→男性的特徴を持つと言われることがある
・考古学(的発掘)→肉体労働をともなう

地図、リプレゼンテーション、代替的な実践

・地図:すべての考古学者にとって基本的かつ最も初歩的な道具のひとつであり、考古学プロジェクトにおいて地図作成は避けて通れないフィールド作業

‣地図の作られ方
・歴史家や地理学者による地図:植民地経営や軍事といった特定の目的を達成するために作成
・特定の地理的特徴や空間的配置を表すだけでなく、(作成者の)身近な個人的な目に見える経験の要素を普遍的なイメージに変換、再編成

◎作者、読み手として想定される読者、地図の目的、そして変換行為そのものに気を付けて考察すべき            

・地図=ある慣習(群)に基づいた視覚的な表示(Kitcher)
・人間の興味関心が移り変わるに従って、地図の表現法も変化

▸(考古学における)地図製作・読み取り
・地図: 実用的で、常識的で、物質的な感覚を呼び起こすもの、解釈上の選択やズレがないように「見える」
・完成された地図(中立、明確、高い参照性)
⇔雑然とした実践である考古学的フィールド調査における地図作り(=状況に置かれた(situated)経験)
・地図=特定の人間と非人間の間での歴史的実践の具現化(Haraway 1997)
・地図製作において一般的な省略と選択の慣行:ある個人と対象の個人的経験の消失、選択された詳細が永続的なものへ

▸考古学におけるマッピングの主観性
・特定の文脈に応じた情報の変換、種種の情報から描かれるべき事柄を代表させる(representation)ような主観的性質が存在するのを認めること
≠マッピングの放棄、完全な主観によるマッピングの推奨
・現行のマッピング作業の歴史的位置づけ再考、代替的なアプローチの検討
・科学的事実(空間の特徴、遺物の配置) vs 過去の住民(たちが持っていた主観の?)モデル
・Bender 1997 :再帰性のあるマッピングと記録を目指した試み、一般的な地図のキャプションに加えて地図作成に関する作成者らの考えを記載
「挿絵(地図)が公開されることで、挿絵に描かれたことが決定的なこととなってしまう。制作時の迷い、再考、失敗がなかったことになってしまう。」

▸再考の重要性と科学のプロセス・実践
・立場や個人の主観は、研究の文脈では必要な要素だが、それ自体がほとんどの考古学の研究目標を構成するものではない。
・再考すること=最初に提起したリサーチ・クエスチョンと別の問いを提起
・科学の生産物だけでなくプロセス、実践に焦点→研究の動機や迷いに対処できる余裕

▸フェミニスト認識論に基づいた地図製作の代替的手法
・定量→定性的分析 両方のデータの使用が推奨
・Rocheleau 1995 ドミニカ共和国の森林管理に関する複数のマップ
  家畜、樹木、作物、薬用植物などの土地利用と広がり それぞれの区画、種、製品にたいする用途、価格、個人の管理についての解説
  中心:農村の人々と家 彼らの土地の端まで放射状に描写 裏面:農村の人々の郊外の土地
  →個々人の使用・管理が重なりあう領域は、事実、理想、規範に基づいて表現

▸定量データベースのテクノロジー(特にGIS)に対するフェミニストの批判とその利用
・Kwanによる、フェミニストに触発されたGISを用いた研究(「神の目」批判、非実証的、非定量的GIS=定性的GIS)
・女性のGISへの関与「サイボーグを書く」ための重要なフェミニスト戦略
自然/人間、男性/女性の支配関係でなく、複合的な結びつき(ハラウェイ)を記述するという意味か

▸先住民の地図製作
・現在の地図表現とは異なる別の方法が存在することを強調
・Mixtecの地図:時間と空間が同じ二次元平面に投影、地理的認識、祖先の移動、王朝の歴史
・Bender1999:先住民の地図、未来への可能性を含む
・オルタナティブ・マップ=現地のレジスタンスにとっての現実、技術、隠喩

▸考古学者が地図をつくるとき
・様々な情報の変換を行い、地図は静止画的な手掛かりへ →経験、歴史、学問的伝統、ジェンダーの可能性についての認識が損失
・現在のA地域の地図≠過去のA地域のレプリゼンテーション
・カウンターカートグラフィー オルタナティブな世界を描き出すマッピング
・地図をつくる過程での試行錯誤の跡、空間に対する代替的な経験を含めることでフィールドでの実践に対する情報増加、結果の比較や評価の幅の広がりが起こり、過去の人々と科学の両方に利益が生まれる