フェミニスト考古学とジェンダー考古学
報告者:金崎由布子
August 19, 2021
See original paper*このレジュメは、フェミニスト考古学読書会の発表メモとして作成したものです。
要旨
フェミニスト理論が、理論構築、自己認識、考古学および様々なサブディシプリンへの一般的な認識に与えた影響について議論する。また、ジェンダー考古学の理論的基盤についても考察する。
キーワード:フェミニズム、ジェンダー、考古学史、女性学、男性バイアス、スタンドポイントセオリー、二項対立、ポスト構造主義、公平性の問題、イメージ
概要と起源
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フェミニスト考古学は多様なテーマ、理論と実践を含むもので、その対象は過去のことだけでなく、考古学を行う私たちの制度(institution)や構造などにも及ぶ。
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フェミニズムが考古学に導入されたのは、他の人文諸科学に比べると比較的遅く、ヨーロッパでは 1980 年代後半から 1990 年代。北米では考古学と文化人類学との結びつきが強く、その影響を受けて 1980 年代から導入された。
テーマとトレンド
女性学
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考古学的な女性学は、1960 年代にさかのぼる。
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女性研究者はディスアドバンテージ化、周縁化され、重要性を否定されてきた。また、女性はリサーチトピックとして重要視されてこず、その役割は父や夫の観点から定義され、社会の様々な側面における女性自身の貢献は周縁化されてきた。→ 女性というトピックに意図的に注意を払い、「男性の」先史学に「女性の」先史学を加える必要が喚起された。
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考古学的女性学では、初期の女性考古学者の研究もなされた。これは考古学的制度の実相の理解の上で重要であり、また女性考古学者のポジティブな自己イメージの開発にも貢献する。
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考古学的女性学は、必ずしもフェミニスト理論に根差すものではないが、意図的に男性中心の考古学に対抗することを目的とし、女性とその意義を再評価する研究は、フェミニスト女性学として分類することができる。
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より最近のフェミニスト考古学では、ストレートな女性学に対し、ジェンダーに関する潜在的な仮定、ステレオタイプそのものを問わないとして批判しており、ジェンダーの多様性、歴史性、他の社会的カテゴリーとの関連性をより強調している。
男性バイアス、客観性、スタンドポイントセオリー
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男性中心主義への批判のなかで、個人の経験やジェンダー認識などのバイアス- 「埋め込まれた知識(situated knowledge)」が学術的成果に影響することが指摘された。ここから、研究者から完全に独立した客観的な研究が実際に可能なのか、可能だとしたらどの程度まで可能なのかという問いも生じた。
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ジェンダーを扱う事例研究では、男性中心主義なバイアスを取り除き、過去のジェンダー構造を偏りなく洞察することが可能という暗黙の仮定がしばしばなされていた。
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フェミニスト考古学では、女性による学術活動を優先的に歓迎する意識的な女性中心主義的アプローチも試みられた。これは伝統的な家父長的立場よりも優れた道徳的、政治的、科学的な立場(スタンドポイント)であると考えられた。なおスタンドポイントセオリーでは、自分の立場や焦点、学問的命題を明示することが求められるが、フェミニストであると主張する考古学研究においても、それは必ずしもなされなかった。
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上記のアプローチとは対照的に、フェミニスト考古学は、単一の立場に優先権を与えることはできないという意見を支持し始めた。自らのアプローチそのものに対する疑問の投げかけ →「単純な(purely)フェミニストアプローチでは、男性中心主義と同じ罠に陥りうる」
ジェンダー考古学
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1990 年頃から、女性や女性のテーマに集中して、過去のジェンダー化が盛んに行われるようになった。「ジェンダー」=身体に直接関係のないすべての側面(例えば、仕事、地位、描写、所有権、経済的意義など)、すなわち社会的構成要素とみなされるもの。⇄ 男女の生得的で不変的な性質という見方。このようにジェンダーを見ると、各時代、各文化、各地域のジェンダー関係を個別に研究しなければならないため、広大な新しい研究分野が開かれることになる。
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ジェンダー考古学のルーツは主にフェミニストの科学批判にあるが、ジェンダーが人生の中でいくつかの要因によって変化するものとして認識されるようになったのはポストプロセス考古学の影響である。さらなる差異への関心とともに、ジェンダー考古学は過去をより現実的に理解することで考古学を変容させ、向上させることを目指している。
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多くの事例研究では、埋葬における副葬品の分析や骨学的な調査による生物学的性別の決定によってジェンダー研究が行われているが、ジェンダーを二分的に解釈することや、限られたデータのみからコミュニティ全体に関する結論が導き出されていることへの批判がある。
ポストモダンおよびポスト構造主義的アプローチ:ジェンダーを(doing gender)**
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1990 年代の終わり頃から、ジュディス- バトラーによる生物学的なジェンダーに対する根本的な挑戦が、考古学的な理論の形成に影響を与えている。バトラーは、「性別」という要素は生物学的に与えられたものではなく言説的に作り出されたものであり、ジェンダーの二分は、支配と権力のシステムを作り、安定させるのに役立つ社会的構築物であるとしている。ジェンダーは、「ジェンダーを行う」という日常的な活動や社会的実践を通して常に(再)構築され、当人によって積極的に形成される。→ 男女間のすべての違いはほとんど文化的にのみ決定されているようであり、男女間の内部的な違いや、男女に共通する重なり合いがある。
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このような問題を受け、ジェンダーは有効な研究カテゴリーであるか?という疑問や、二項対立的なアプローチの放棄の要求が生じている。埋葬研究の事例では、性別以外のカテゴリーがより重要であった可能性が強調され、さらにジェンダーの数、性の帰属の信頼性、人生における性別の役割の変化は、それぞれの文化で異なっていた可能性が指摘されている。
共通点:男らしさとクィア研究、身体の考古学
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男性中心主義的な見方では、男性もステレオタイプ化される → フェミニスト考古学の方法を用いて男性を研究すべきという要求が生まれた。これは「ヘゲモニックな男性性(hegemony masculinity)」の概念から発展。
- フェミニスト考古学には、「正常」や「規範」という概念の意味を問い、どのような権力の位置や権力への主張がこれらの概念に結びついているかというクィア理論の批判的アプローチとの共通点がある。
- フェミニスト考古学は、生物学と文化の関係への視座という点で、過去 20 年間で発達してきた身体の考古学とも多くの接点を持つ。
私たち自身の制度への視線:公平性の問題、言語、知覚イメージ
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考古学的制度における男性中心主義や男性バイアスの研究は、フェミニスト考古学の中でも遅れた分野である。男女の職業上の機会、認識されているプロの考古学者のイメージ、タスク配分などが議論の対象となる。多くの国では、女子学生の割合は何十年も前から高いにもかかわらず、正規の雇用職、特に管理職になると、女性は依然として少数派である。
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女子学生は、大学教育におけるフィールドワーク偏重の中で、一般的な男性的規範によって組織的に不利な立場に置かれているという指摘もある。権力と男女の(期待される)行動パターンは、学問分野における権力関係のジェンダー化につながる。
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ジェンダー考古学とフェミニスト考古学は、どちらも生き生きとした多様な研究分野であり、常にさらなる発展が求められている。また、フェミニストの理論も常に発展しており、考古学に新たなインスピレーションを与えている。花開き、時には激しく広がるフェミニスト考古学の庭は、このように変化し、花開き、成長し続けるべきものである。